
セルジュ・ラトゥーシュの初期の2作に続き、このところの読書のテーマである『脱成長』論の源泉とでもいうべき著作。
1973年の作品なので現代とは事情は違うし、何より翻訳を含め非常に難解で読みにくいことを措いたとしても、現在に読み替えてみればその論旨は十分通じるものがあって、これから読んでいく現代の脱成長論の参考にはなる(というと偉そうか)。
コンヴィヴィアリティとは自立的でありながら相互に扶け合う社会のあり方を指し、自立共生社会と訳されることが多い。
高度に産業化された当時の社会を鋭く批判し、人間が産業化に基づいた道具(教育、医療、交通、行政などの中央集権的な社会システム)に過度に隷属せず、地域社会や個人の生活に根ざした「道具」(適正規模の技術・制度)を使うべきと提唱する。ただの技術批判ではなく、人間主体の社会に再設計することであり、今風に言えば、ロハスだったり、エシカルだったりがキーワードとなるだろうか。
50年以上前の著作ではあるけれど、現代の環境問題やAIをはじめとするデジタル社会における「デジタル・ウェルビーイング」を考える上では先見の明があって重要な示唆を与え続けていると思う。
『コンヴィヴィアリティのための道具』(筑摩書房 刊)
イヴァン・イリイチ 著
渡辺京二・渡辺梨佐 訳
目次
1 二つの分水嶺
2 自立共生的な再構築
3 多元的な均衡(生物学的退化・根元的独占・計画化の過剰・分極化・廃用化・欲求不満)
4 回復(科学の非神話化・言葉の再発見・法的手続きの回復)
5 政治における逆倒(神話と多数派・崩壊から混沌へ・危機の洞察・急激な変化)













